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も残らなか

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も残らなか



    「もう店をやるつもりはないの」と僕は訊いてみた。

    「売ることにしたのよ」と緑はぽつんと言った。「お店売って、私とお姉さんとでそのお金をわけるの。そしてこれからは誰に保護されることもなく身ひとつで生きていくの。お姉さんは来年結婚して、私はあと三年ちょっと大学に通うの。まあそれくらいのお金にはなるでしょう。アルバイトもするし。店が売れたらどこかにアパートを借りてお姉さんと二人でしばらく暮すわ」

    「店は売れそうなの」

    「たぶんね。知りあいに毛糸屋さんをやりたいっていう人がいて、少し前からここを売らないかって話があったの」と緑は言った。「でも可哀そうなお父さん。あんなに一所懸命働いて、店を手に入れて、借金を少しずつ返して、そのあげく結局は殆んど何ったのね。まるであぶくみたいい消えちゃったのね」

    「君が残ってる」と僕は言った。

    「私」と緑は言っておかしそうに笑った。そして深く息を吸って吐きだした。「もう上に行きましょう。ここ寒いわ」

    二階に上ると彼女は僕を食卓に座らせ、風呂をわかした。そのあいだ僕はやかんにお湯をわかし、お茶を入れた。そして風呂がわくまで、僕と緑は食卓で向いあってお茶を飲んだ。彼女は頬杖をついてしばらくじっと僕の顔韓國 泡菜を見ていた。時計のコツコツという音と冷蔵庫のサーモスタットが入ったり切れたりする音の他には何も聞こえなかった。時計はもう十二時近くを指していた。

    「ワタナベ君ってよく見るとけっこう面白い顔してるのね」と緑は言った。

    「そうかな」と僕は少し傷ついて言った。

    「私って面食いの方なんだけど、あなたの顔って、ほら、よく見ているとだんだんまあこの人でもいいやって気がしてくるのね」

    「僕もときどき自分のことそう思うよ。まあ俺でもいいやって」

    「ねえ、私、悪く言ってるんじゃないのよ。私ね、うまく感情を言葉で表わすことができないのよ。だからしょっちょう誤解されるの。私が言いたいのは、あなたのことが好きだってこと。これさっき言ったかしら」

    「言った」と僕は言った。

    「つまり私も少しずつ男の人のことを学んでいるの」

    緑はマルボロの箱を持ってきて一本吸った。「最初がゼロだといろいろ学ぶこと多いわね」

    「だろうね」と僕は言った。

    「あ、そうだ。お父さんにお線香あげてくれる」と緑が言った。僕は彼女のあとをついて仏壇のある部屋に行って、お線香をあげて手をあわせた。

    「私ね、この前お父さんのこの写真の前で裸になっちゃったの。全部脱いでじっくり見せてあげたの。ヨガみたいにやって。はい、お父さん、これオッパイよ、これオマンコよって」と緑は言った。

    「なんでまた」といささか唖然として質問した。

    「なんとなく見せてあげたかったのよ。だって私という存在の半分はお父さんの精子でしょ見せてあげたっていいじゃない。これ韓國 泡菜があなたの娘ですよって。まあいささか酔払っていたせいはあるけれど」

    「ふむ」

    「お姉さんがそこに来て腰抜かしてね。だって私がお父さんの遺影の前で裸になって股広げてるんですもの、そりゃまあ驚くわよね」
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